HYBRIDS_vol11
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330)年1月1日に発売された日本初の本格的乗用車『トヨペット・クラウン』が高い評価を得、日本経済の復興に伴って、供給が追いつかなくなり始めた時代である。当時、トヨタの工場は挙母工場(現・本社工場)しかなく、本格的な乗用車時代の到来には対応できなかった。そこで豊田英二氏の進言により石田退三社長(当時)が乗用車を専門につくる新工場の建設を決断した。それが土橋工場(仮称・後に元町工場と命名)である。 建設の候補地は、衣が原の東海飛行機挙母工場の跡地だった。戦時中、国が東海飛行機のために買収した約20万坪(66万㎡)の国有地払い下げと買収により、トヨタは1959年3月までに1958年9月着工。1年後の8月8日には元町工場第1号車のクラウンがラインオフ。ころもつちはしまちこうばけんくんない時代に、年産6万台規模の乗用車専門工場を建てようというのである。トヨタにとっても社運をかけた一大プロジェクトだったに違いない。 1958(昭和33)年9月、地鎮祭が行われ、工事が始まった。この年は例年になく雨が多く、整地作業は遅れがちだったが、11月中旬に 新工場は、1959年5月1日に元町工場と名付けられたが、実はこれは地名ではない。京都の建勲神社へ工場名を伺いに行き、いただいた名前だという。トヨタグループも佐吉翁の小さな町工場から出発している。創業の原点を忘れず、今後の会社の発展の礎となり、『元』となる工場であるようにという想いを込めて、『元町工場』と命名されたのだ。ちなみに挙母市が豊田市に改められたのが1959(昭和34)年1月1日、挙母工場が本社工場という名称に変更されたのが1960年8月。そして現在の元町工場の住所は豊田市元町1番地である。巻頭特集話題のハイブリッドカーが続々登場!For the FutureHYBRIDS SELECTこだわりのつくりがうれしい、人気ものたち。名前の由来は、「元」町工場。ものづくりの想いと情熱を訪ねて、トヨタ自動車元町工場へ。もと  まち こう ば

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