HYBRIDS_vol17
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4 ここで日本地図を開いてみよう。岡山県と香川県を結ぶ瀬戸大橋は、与島、櫃石島といった塩飽諸島の島々に架橋されていることがわかる。主だった七島は塩飽七島と呼ばれ、中でも面積が広いのが広島と本島だ。『HYBRIDS』は、塩飽水軍の根拠地として栄えた本島を訪れてみた。 本島へのアクセスは、香川県丸亀市の丸亀港から。フェリーか旅客船で海を渡る。春の柔らかな光の向こうに島影が重なり合う瀬戸内独特の景色を眺めているうちに、35分足らずで船は本島港に着岸する。 本島は、周囲わずか16㎞の小さな島でありながら、国、県、市指定の重要文化財を35点も有し、誇り高い歴史の足跡を今に伝える島だ。 島の北東部に位置する「笠島まち並保存地区」は、江戸時代後期から昭和初期の町屋建築が100棟あまり残る、国の重要伝統的建造物群保存地区に指定された地域である。これらの建築物を手がけたのが、江戸時代に船大工から大工に転身した、塩飽大工と呼ばれる職人たちだ。 江戸時代、幕府の御用船方として全国でも有数の海運王国を築いた塩飽は、回船業の隆盛によって造船技術の発展を生み、水夫とともに大勢の船大工を輩出した。しかし、1721(享保6)年、塩飽水軍が引き受けていた幕府城米輸送の特権が大阪の回船問屋に移ると、回船業は衰退の一途を辿り、多くの水夫が転業を余儀なくされる。船大工もその優本島は、誇り高い歴史の足跡が随所に残る島。よしまひついしじまひろしましわくほんじまほんじま

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