HYBRIDS_vol17
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7 家大工として活躍した塩飽大工の匠の技は、笠島まち並保存地区の一角にある「吉田邸」でつぶさに見ることができる。大正時代の塩飽大工が建築した邸内は、繊細な線を多様に組み合わせた意匠が光る。廊下の天井を通る、節なし杉の丸太。刀の鍔や古銭をはめ込んだ貴重な欄間。室内からは外が見えるのに、外からは中が見えない格子の窓。微妙な歪みを持った大正ガラス。そのどれもが、始終海風に晒される塩飽にあっても驚くほど美しい状態で保存され、邸内を凛とした空気で満たしている。日本の建築様式の素晴らしさにしばし目を奪われるひとときである。 本島が数多くの重要文化財を有しているのは前述した通りだが、圧巻は「東光寺」で1000年の時の流れを見つめてきた、本尊「木造薬師如来坐像」。平安時代に作られたひのきの寄木造の仏像で、昭和34年に国の重要文化財に指定された。高さは142.5㎝あり、地方にある像としては珍しく大型である。脇を固める木造不動明王像と木造毘沙門天像は、鎌倉時代中期の立像で、市の文化財に指定されている。都風の典型的な藤原彫刻の美作が、なぜこの島に鎮座しているのか。いつ、誰が、この場所にこの像を運んだのか。現代とは隔絶されたように静かな本島の景色を眺めながら、想像を巡らせる時間も楽しい。 塩飽大工の足跡は、島の西部にも数多く残っている。「生ノ浜」の海岸沿いの道から集落の中に続く細い道を入ると、奥に小さな社が見える。ガイドブックにもほとんど載っていない、「三所神社」である。1903(明治36)年に造営された拝殿の裏に回ると、1835(天保6)年に建てられた小さな本殿が現れ、今にも動き出しそうな龍の姿が浮かんでいる。屋根を支える柱の正面には口を大きくあけた獅子、側面の木鼻には鋭い牙を上に向けた獏。さらに、柔らかな花や蔓を彫ったレリーフがいたるところに彫り込まれている。生き生きとした描写は、繊細で大胆。小さな集落の小さな社に残された、塩飽大工の遺産である。 宮大工が家大工と異なるのは、彫刻ができることだという。現代のように分業がなされてなかった江戸時代、社を建てるのも、建具をつくるのも、彫り物をするのも宮大工の仕事だった。この三所神社の本殿の彫り物は、生ノ浜浦出身の塩飽大工、北山助四郎の手によるものである。その技術の素晴らしさを、手が届くほど間近で見られる貴重な神社である。 ここで、塩飽の宮大工の歴史にも触れておこう。塩飽大工というと、幕末期から明治にかけての活躍を取り上げられることが多いが、この地では古くから宮大工の技術が発達していたのだそうだ。都から仏像を運んでくると、必ずそれを祀る寺が必要になる。その寺を造営することで、宮大工の技が育まれていったのだという。遠くは藤原氏の荘園があった時代から、脈々と受け継がれてきた大工の技術がこの地に生きていたに違いない。「古民家カフェ 月乃雫」107年前に塩飽大工が建てた曽祖父の家を4年前に改築し、カフェとしてオープン。職人探しに奔走し、可能な限り当時の意匠を残した建物は一見の価値あり。「ギャラリー&カフェ 吾亦紅(われもこう)」笠島まち並保存地区にある古民家カフェ。本島で採れた野菜や新鮮な海の幸を素材に用いた食事と香り豊かなコーヒーが自慢。https://facebook.com/waremokou11/2005(平成17)年に公開された映画「機関車先生」のロケ地となった、水見色小学校。撮影当時のままのレトロな空間が残されている。ため息が出るほどの匠の技に会えるという幸せ。いきのはまばくさんしょじんじゃ営業日:木・金・土・日曜日営業時間:11:30~16:00問い合わせ先:0877-27-3007営業日:日曜日のみ問い合わせ先:090-6286-2279しわくほんじま

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