HYBRIDS_vol17
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9の部分により顕著に現れるのだという。礎石に乗った心柱は屋根の頂上部分を突き上げることになり、柱を切らなければいけなくなる。それを避けるために、心柱を宙に浮かせてあるのだという。 何百年という時を経て、静かに心柱が礎石に接する時、それがこの五重塔が本当に完成する時なのだそうだ。塩飽大工の優れた技術の一旦が見えるエピソードである。 善通寺市から瀬戸大橋を渡って岡山市に足を延ばすと、大吉備津彦命を主祭神とする山陽道屈指の大社「吉備津神社」がある。本殿は建坪78坪3強(約255㎡)の大建築で、鳥が翼を広げたような美しい屋根を持つ、日本唯一の様式「比翼入母屋造」で名高い。東大寺の再建に尽力した僧重源が大陸よりもたらした大仏様の「挿肘木」といわれる組物により、深い軒や回縁が支柱もなしに造られ、独特の浮遊感が見る者を圧倒する。 本殿・拝殿は過去2回の火事によって焼失したが、室町時代に約25年の歳月をかけて再建され、1425(応永32)年に完成した。それ以来、600年にわたって変わらぬ姿を伝え、1952(昭和27)年に国宝に指定されている。 この本殿は、1759(宝暦9)年から修繕が行われ、1769(明和6)年に完工している。それを手がけたのが、本島泊浦の塩飽大工棟梁、大江紋兵衛常信である。岡山県立博物館に収蔵された修復時の棟札には塩飽大工の名前が墨書きされ、塩飽大工が塩飽以外の土地でもその腕をふるっていたことが読み取れる。ひよくいりもやづくりおおきびつひこのみことさしひじきだいぶつよう吉備津神社

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